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家計簿はつけない、節約も無理しない、ムダ使いをしても貯められるお金の貯め方・使い方

貯金ができるようになって変わってきたもの


20代では、車やショッピングでローンを抱えて赤字続きだったわたしも、今ではしっかり貯金ができるようになった。

貯金ができるようになってきて、いくつか大きく変わった考えがある。
具体的に言えば、以下のような部分だ。

・家計簿はつけなくてもいい
・節約はがんばらなくてもいい
・無駄遣いはしてもいい

これらはすべて、逆に思っていた。
家計簿はつけなきゃいけないし、節約しなきゃいけないし、無駄遣いはしちゃダメなんだ、と。

ところが、お金を貯めれば貯めるほどに、この部分に違和感を覚えるようになった。
そんなことはないなぁ、と。

お金に悩み、お金と向き合い、お金を手のひらで転がそうと真剣に取り組んできた結果であると思っている。
多少おおげさだが、「お金に関する世界観」が変わっていったのだ。

お金の貯め方や節約ネタは、世の中にたくさん出回っている。
しかし、なぜかお金が貯まらないと悩んでいる人は後を絶たない。

収入のせいなのだろうか。
やりくりがへたなのだろうか。
それとも、他に理由があるのだろうか。

身の丈を超えるような大きな借金があるようなら別だが、そうでないのなら、自分の持つ「お金に関する世界観」も関係しているのかもしれない。

家計管理は、1つの学問であり、哲学でもある(と自分では思っている)。
お金に縛られたくはないが、人生とお金は切り離すこともできない。

お金の使い方は、人生の充実度にも影響してくる。
また、人格に影響を与えることだってあるだろう。

貯金への第一歩がなかなか踏み出せない、または取り組んでいるのに結果が出せない場合は、世界観を変える方法でアプローチしていくのも良いかもしれない。

お金を管理するためのスキルは身につけておきたいものだが、それと同じように、お金の見方を変化させることも必要だ。

これまでのやり方・考え方でうまくいかないのであれば、根本から変えていくほうが、遠回りのようでいて近道だったりする。

ここからは前述した「貯金をして変わった3つの項目」についてまとめることにする。

家計簿はつけなくてもいい


家計簿が続かないという悩みを抱えている人は多いものだ。
なぜ続かないのだろうか?

大きな理由は3点ある。

理由1:「ハードルを高く設定しすぎている」

例えば、1円も間違えずにつけなければいけない、とか、毎日支出をつけなければいけない、とか。
そして、「貯金もする!」と、結果まで求めてはいないだろうか。

正直、1円も間違えずにつけることは不可能だし、毎日つけるのも言ってしまえば億劫だ。
なにごとも、これまでやらなかったことを日々の習慣にすることは難しい。

できるだけ、ハードルは低く始めたほうが取り組みやすくなる。
そして、習慣づいてきたら少し高くする。
そうすることで徐々に習慣化が進んでいくのだ。

理由2:「自分に合わない方法で家計簿をつけようとしている」

昔ながらの、いわゆるノート型の市販されている家計簿は、誰でも使えるものだが、個人で使うには物足りなさがある。
もしくは、余分なものがあったりもする。

家計簿は、自分の使いやすいようにカスタマイズしていくと続けやすい。
自分にあったアプリを探したり、エクセルが得意なら自作してしまったほうがいいだろう。

自分が好きなものというのは、毎日でも使いたくなる。
家計簿も嗜好品レベルまで好きなもの、使いやすいものにしてしまえば、苦ではなくなる。

わたしは、自作のエクセル家計簿をもう長く愛用しているが、とうとう家計簿部分は削除してしまい、今は資産の増減しか管理していない。

なぜそうなったかというと、3点目の理由が関係してくる。

理由3:「家計簿の目的」

どうして家計簿をつけたいのだろうか。
お金が貯めたいからだろうか。
それとも、赤字を改善したいからだろうか。
もしかして、みんながつけてるからつけたほうがいいと思っているのだろうか。

どんな理由にせよ、つけることを目的にしてしまうと、続かなくなってしまいがちだ。
ハードル高く、合わない家計簿を使っていればなおさらだ。

ぶっちゃけた話、月の始めと月の終わりの口座残高を出して、プラスになっていれば「お金は貯まっている」ため、それで良いのである。
わたしはこれで正解だとしているため、資産の増減しか管理していないのである。

かといって、家計簿を完全に放棄したのかというと、そうではない。

現金払いをやめて、全ての支払いをクレジットカードや電子マネーに切り替えた。
こうすることで、請求書や明細がそのまま家計簿になるため、出ていくお金をわざわざ自分で記録する必要はなくなる。

目的が達成できれば、「毎日家計簿をつけて、1円も違わずにお金の出入りを管理する」ことが大事ではなくなってくる。

だから、家計簿は無理してつけなくてもいい。
なんとなく把握しておきたいなら、上記のように口座残高さえ比較しておけば良いし、支出をカード1枚にまとめるほうが簡単だ。

ただ、赤字が続いていてどうしようもないのであれば、家計簿が役に立ってくる。
どこに金喰い虫が潜んでいるのか、目に見えるようにするのが家計簿だ。

毎日家計簿をつけることを趣味にしたいのでなければ、赤字改善のみが家計簿の役割であってもよい。
わが家の家計簿はその程度だ。

その程度でも、家計を改善させて貯金額を増やすことはできている。

繰り返しになるが、家計簿はつけなくてもいい。
目的次第だな、と、貯金に取り組んできて感じている。

節約はがんばらなくてもいい

浪費家だったわたしは、貯金を始めて少し経った頃、お金を使うことに罪悪感を覚えるようになってしまった。

家計を切り詰めて無理して節約し、ギスギスしながら作った貯金は、果たして幸せなお金なのだろうか。

思い出せるのは、たった数百円のDVDのレンタル料金で、夫と盛大にケンカしてしまったことだろうか。
我ながら、みみっちいと思った出来事だがいつまでも覚えている。

なんのために貯金をするのだろうか。
大抵が、幸せな生活を送りたいためだと思う。

だとするならば、お金を使うことを悪だとしていてはダメだ。
節約しなきゃいけない! なんていう思考も捨てたほうがいい。

ちゃんと貯めて、ちゃんと使う。

何を当たり前のことを……と思う人もいるかもしれないが、影響されやすい人というのは、偏ってしまいがちな部分もある。
そういった人に向けた言葉だと思ってもらいたい。

子どものため老後のためと、自身を追い込んで節約し、貯めることを間違っているとは言わない。
しかし、がんばらないとできない節約は、無理してやる必要などない。

がんばらなくてもできる節約もたくさんある。
自分に合った節約方法を探すほうが楽しく続けられるし、それによって貯めたお金というのは、もはや幸せ色に染まっているといって過言ではない。
使うときにもワクワクすると思う。

世の中にはいろんな節約情報があるが、そのどれもが自分に合っているわけではない。
嫌なら辞めたほうが幸せだ。

ワクワクというのは大事だ。
料理が大好きな人ならば、食費の節約に精を出せるだろう。

わたしは、「料理の献立を考え、それに沿って食材を買う」という一連の行動が苦手だ。

それでも、食費の節約をしなければいけないと思い込んでいた頃は、苦手なりにがんばって節約しようとしていた。
でも、どうにも無理だった。
食費の節約を辞めてしまった今はツラくないので、貯金も楽しい。

その分、中古で済むものはそれで済ませたり、生命保険は最低限に抑えていたり、スマホは格安SIMを使ったりして節約している。
そういう節約は好きなのだ。

だから、続いている。
苦手な節約はがんばらなくていい。

無駄遣いのススメ


貯金情報を集め始めると、いろんな価値観にぶち当たる。
持ち家はコスパ高い論争、車は金食い虫論争、外食はやめろ論争、自炊最強論争。

論争とはおおげさだが、とにかくいろんなことを「ムダ」と切り捨てているものがある。

バカげた話と思わないでほしいが、わたしはそもそも世の中に「無駄遣い」というものはないと思っている。

正直なところ、何をもってムダとするか、すべては個人の価値観次第だ。
その人がムダだと思うなら、ムダなのだ。

しかし、ムダだと思って使ったそのお金も、いずれ世の中をめぐり始める。
誰かの助けになっているのは確かなのだ。

そもそも、無駄遣いというのは誰から刷り込まれたものなのだろうか。

ゲームを否定していきた親のもとで育っていれば、ゲームを買うこと自体が無駄だと感じるかもしれない。
しかし、ゲームをすることで楽しみを見つけている人もいる。

お金を使って得られる幸せは、自分で定義する必要がある。
持ち家や車が金食い虫で、不要なものだと言われて不安になっているようではいけない。

「そういう側面がある」というだけで、それらはお金があればすべて解決できるものだからだ。

車があればどこへだって行けるだろう。
ドライブが好きな家族なら、それだけでなにものにも代えられない幸せを得られる。

持ち家があれば気兼ねなく過ごせる。
子どもが壁に傷をつけたところで、それすらも思い出になる。

ここで大事なのは、好きなだけ使ってしまえ! というのではなく、自分の心に従って、お金を何に使うか真剣に問うてみることである。

お金を使って得られる幸せは自分で定義する。
それは、世の中の誰かがムダだと切り捨てているものでも、自信をもってお金を掛けていけばいいということだ。

ムダなことだとしても、支出をコントロールできていれば、何に使ったって構わない。
怖いのは、何に使っているか考えずに生活することだ。

ムダだったかな? と考え始めることは、お金について真剣に取り組みはじめた証拠だ。
そう考えることで、本来の意味でのムダ遣いがなくなっていくだろう。

ムダ遣いがなくなれば、他人のいうムダ遣いにお金を使っても心地よく暮らしていける。
自分にとっての有効なムダ遣いは、必ず人生を豊かにしてくれるーーと、わたしは思っている。

最後に


まとめると、家計簿も、節約も、お金の使い方も、100人いれば100通りの考えがあると言ってもいい。
お金が貯まらないのはどうしてだろう? と思ったのであれば、
まずは自分のお金の考え方について掘り下げてみるといいかもしれない。

それが、自身のマネーリテラシーを高めていく。
マネーリテラシーとは、お金の知識とそれらをうまく活用する能力のことだ。

それには、お金の管理スキルと、お金に対する接し方を改善していくことが欠かせない。
マネーリテラシーの低かった過去のわたしは、家計簿も節約もお金の使い方も、自分にとって合ってるかどうかなど考えたこともなかった。

ちなみに、昔から節約が身につき、貯金に励んできた夫に「貯金が増えて、お金に関する考え方は変わったか?」と聞いてみた。

答えは、「何も変わらない」だった。
貯金が100万円だろうが、1000万円だろうが、彼はとくに何も変わらないらしい。

わたし自身、冒頭に紹介した通り、借金女王でマイナスからのスタートだったので、ここまで劇的に変わったのかもしれない。

彼は元からマネーリテラシーが高かった。
しかし、わたしは違った。
この違いは、一体どこから来ているのだろうか。

親となった今、少し考えることができたようだ。