「彼との待ち合わせは、ラブホテル街に歩いて5分で行けるカフェにしたわ!」
意気揚々といった様子で放たれた由里子の言葉に、私は鼻白んだ。
不安を覚えたが、全身から喜びが発せられ、表情には自信が満ち溢れている彼女に、私は意見することなどできない。
由里子が求めているのは常に賞賛であり、肯定意見しか受け付けないことは心得ていた。
頷き、視線を揺らしながら曖昧に笑うしかない私の反応など、彼女には見えていなかったに違いない。
彼女の頭は10年ぶりのセックスをいかに貪欲に味わい尽くすか、そのアイディアを考える為に忙し過ぎた。
カフェで落ち合ったら、私たちはコーヒーと会話もそこそこに立ち上がる。ホテルまでは歩いてすぐなのだから、待ち合わせ時間から30分後にはもう服を脱げるはず。
彼はきっと、私の美しさを褒めるだろう。私がどんなに魅力的か讃えるだろう。私とのセックスが素晴らしい体験であることに感謝するだろう。そして、私に夢中になるだろう。
だけど、残念。私にとってあなたはセックスのリハビリ相手でしかないの。
それが、由里子の想像していた情事の筋書きだった。
当時の由里子は結婚生活が破綻しようとしている30代半ばの子持ちの主婦で、仕事はしていたが、短期契約の非正規だ。
夫とは新しい命を授かったことで結ばれた縁だったが、10年に及ぶ結婚生活のごく初期のうちに、夫は由里子に対する性的な関心の一切を失い、触れることもなければ、彼女から触れられることに嫌悪と拒絶を示した。
満たされることのなかった不幸な結婚に自ら終止符を打つと決めたとき、彼女が真っ先に求めたのは、体の飢えと心の渇きを癒すことだった。
由里子の考えでは、美しく魅力的な自分を愛そうとしない夫は異常者であったのだから、結婚という枷から自由になる彼女を正常な男たちが放って置くはずがないのだ。
25歳から35歳にかけて、女が最も美しく輝いている時期に愛されなかった。その事実と傷ついたプライドがヒリヒリと痛む。焼けるような痛みは夫への怒りを増大させ、男たちへの恨みを呼び起こした。
由里子は、自分に恋い焦がれさせることで男を傷つけ、彼女を求めて傷つく男たちの姿を見ることで、女としての自信を回復させようと計っていたのだった。
若くはないが不味くもない女が質を問わないセックスを求めるとき、望みを叶えるのは簡単だろう。
しかし、誰かの心を求めるとき、性を通じて愛が欲しいときには、やはり注意深く相手を選び、クラシックなルールのもとに関係を深めていく手順は飛ばせない。
いくら相手が長くヘアカットを担当している美容師で、カットとスタイリングの最中には雑談で盛り上がってきたにせよ、プライベートで時間を作り、二人きりで逢うのはこれが初めてなのだ。
ただ向かい合わせでお茶を飲み、語り合うだけで時間は過ぎる。それが関係を始める第一歩として順当だろう。
それなのに由里子ときたら、
「待ち合わせは1時半でしょう。5時には別れて家に帰りたいのよ。となると3時間半しかないじゃない。向こうはすごく楽しみにしてるはずだし、私もそのつもりなんだから、会話したりホテルを探し歩くような無駄な時間は省きたいの。
あー、楽しみ!彼どうなっちゃうかなぁ。私にずっと憧れてたからね。私のことで頭がいっぱいになって、結婚の約束をしてる彼女とは上手くいかなくなっちゃうかもね。フフッ」
と、身勝手な都合をまくしたてる。
彼は確かに「なかなかの美人で、幸せそうな年上の人妻」に淡い憧れを抱いてきたかもしれないが、「離婚が決まった子持ちの中年」という重い女に、あわよくばという軽い気持ちを持ち続けられるものだろうか。
待ち合わせ場所は風俗街として著名な町で、目と鼻の先がラブホテルという、飢えたメスの欲情を隠そうともしない露骨な誘惑には足が重くならないだろうか。
私の不安は的中し、果たして若い美容師は、由里子と約束した時間の30分前に母親が急病で倒れたと連絡を入れ、入念にシャワーを浴び新しい下着を身につけた彼女のはやる心に冷水を浴びせた。
想像力があまりにも貧困な言い訳だが、恐れをなした彼の心中は察するにあまりある。
「彼ってハンサムで見た目はいい男だけど、私が恋する相手としては役不足だから本気になられても付き合えないわね。この私にセックスフレンドにしてもらえるだけでも、光栄だと思ってもらわなくちゃ」
と由里子はそれまで歯牙にも掛けないといった様子で踏ん反り返っていたのだが、いざ逃げられると途端に執着し始めた。
恥をかかされたのに同じサロンに通い続け、担当スタイリストとして指名を続け、次こそはと再び約束を取り付けた。
しかし、またしても約束の前日に彼の母親が緊急入院する運びとなって、やはり逢瀬の約束は流れたのだった。
彼は由里子に丁寧に謝罪し、姉のように慕わしく思っていること、今後も何かあった時には相談に乗ってもらえると嬉しいと伝えた。
対面でのサービス業に従事する彼にとって、仕事上縁を切ることが難しい相手から寄せられる好意や下心をどうかわすのか、さぞや腐心したことだろう。
「兄のように」「父親のように」親しく感じているとは、女も言い逃れによく使う。そうした言葉で相手に諦めを促す心情については説明するまでもない。
由里子は、自分が彼から強く憧れられていると確信していただけに、裏切りにあったと捉えて傷つき泣いていたが、そもそも彼が由里子を誉めそやしていたのは、彼女の言う通り好意によるものだったのか疑わしい。
由里子の方で接客上のおべっかを真に受けていただけなのではないだろうか。
しかし、まだこのときには誰より私自身が由里子の自己主張をすっかり鵜呑みにしていたので、彼女の言動に対し疑問が芽吹くのはもう少し後のことだ。
計らずも私が間近で観察し、後にその病理を分析することになった由里子という友人は、一見魅力的な女だった。
整った顔立ちをしており、身ぎれいで、自信に満ちた笑顔を絶やすことなく、意志の強さを感じさせるきっぱりとした話し方は常に場を支配した。
由里子を前にすると、私はいつも彼女の自信満々な態度に気圧されてしまい、彼女の言うことには何でも頷いていた。
しかし私には観察者の性がある。口に出すことはなかったが、冷徹な目で友人を見つめ、疑問の種を心に撒いていたのだった。
由里子は自分に触れようとしない夫を不具の異常者だと断じていたが、日頃から人前で伴侶のプライドとペニスをへし折る言動を平気で繰り返す妻とベッドで愛し合える男はいないだろうと、私は密かに彼女の夫に同情を寄せていた。
美貌に自惚れていたが、30代も半ばを過ぎた女の美貌にどれほどの価値があるだろう。
仮に美貌がチャンスを引き寄せたとして、その先に何かを掴むには知力と官能が必要なのだ。
結婚前の若かった時代に自分がいかにモテたのかもよく自慢していたが、その時代から自己認識が変わっていないとしたら問題だとも分かっていた。
女は自分が変わらなくても、周りの評価が変化する。
同じ気質でも、10代の頃には「純真無垢」と表現されたものが、20代前半では「天真爛漫」となり、25歳を過ぎると「ナイーブ」と言われ、30の大台に乗ると「イタイ」に変わる。
由里子の自分の魅力を疑わない真っ直ぐさは、彼女に自分の現実を見誤らせる作用をしていた。
1日も早くセカンドバージンを捨てることに必死だった由里子が、手近な異性だった美容師を諦め、次に情事の候補者として白羽の矢を立てたのは、高校時代の元彼と大学時代の元彼という過去の男たちだった。
一度自分を愛した男たちなら、彼らの前に再び姿を現しさえすれば、たちまち愛が再燃するはずだと考えたのだ。これも手順を省いて男たちから情熱的な性愛を引き出すための時短アイディアである。
二人とも当然結婚はしているだろうが、彼らの妻は問題にはならない。なぜなら自分の方がはるかにいい女に違いないのだから、自分と関係を持てばあっという間に彼らの妻たちは夫の頭から追い払われるはずだと由里子は力強く語り、早速地元に帰省の計画を立て、実行に移した。
続く
後編はこちら:
ベッドの百物語 ーロストセカンドバージン・後編ー
http://aletta.style/100-stories-in-a-bed-lost-virgin-2