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彼女の虚勢、私の見栄

十一年勤めた彼女が会社を辞めた時、私はとても清々した。
共に働いていた日々、私にとって彼女はとても目障りだったのだ。

私より三年遅れて入社した彼女は、初めから何かにつけて私に対抗してきた。
私は彼女より三年先輩だし、年齢だって一つ上。
仕事も人生も彼女よりキャリアがあるのに、彼女はことごとく私に対抗心を燃やしてきた。
それもひどくあからさまに。

もともと勝気な性格なのだろう。
私以外の人に対しても同じようで、彼女を支持する者はいなかった。
だから彼女の成果は評価されなかった。
評価されないことに対して彼女はますます不満を募らせ、評価される私を妬んできた。
色んな事に張り合ってきた。

私は、自分が評価される事、彼女が評価されない事、そのどちらも当然だと思っていた。
彼女の振舞いと結果。
私の態度と成果。
冷静に公平に見れない彼女がうっとうしかった。
上司も同僚も後輩も、彼女を持て余した。

彼女は、自分の不遇だけは敏感に察知できるようで、周囲への態度を硬化させていき、認められない事への不満を私に向けてきた。
彼女にしてみれば、私は彼女より劣っているのに、評価されておかしいという事になるらしかった。
上に媚びを売るのが上手いからだということらしかった。

十一年。
彼女と一緒に働いた年月は本当に長かった。
その間、彼女はもがき、周囲に当たり、何度も何度も退職騒ぎを起こした。

初めて退職騒ぎを起こしたときは、上司も本心から止めにかかった。
ちょうど繁忙期だったし、そこまで彼女が屈折していくとは思っていなかったから。
きちんと止められた事で彼女は収まったが、そのことに味をしめたようだった。
以来彼女は不満が募ると定期的に退職騒ぎを起こし、引き留められることに喜びを感じるようになった。
そこまでするほどに、評価される事に彼女は飢えていたのだ。

けれどさすがに度が過ぎた。
何度目かの騒ぎの時、上司はダイレクトに退職日はいつにするかと問い、引っ込みがつかなくなった彼女はそのまま退職していった。

安堵の空気が職場に流れた。
お荷物がやっとなくなったと、皆の顔に書いてあった。
もちろん私もそうだ。いや、私が一番ほっとした。

彼女が退職してからは、平穏な日々だった。
邪魔をされず、私のしたいように仕事ができた。
皆が私の指示に従い、成果は私にやってきた。
彼女が職場を訪ねて来たのは、退職して半年ほどたった頃だった。
ほんの少し、皆がざわついた。
私の心もざわついた。一体何しに来たのかと。

彼女はとてもにこやかに挨拶した。
私にはひと際にこやかに丁寧に挨拶してきた。
急に辞めてしまったこと、迷惑をかけた事を詫びた。
これまでのお礼と言って、大きな菓子折りも持参してきた。
そんな彼女を誰も無碍にはできず、上司数人と私とで相手をした。
お約束通り、互いの近況報告となった。
在籍していた時とは違って殊勝な彼女を前にして、上司は惜しむ言葉を一応口にした。

その時の彼女の満足そうな顔は印象的だった。
「彼女はこれが欲しくて来たのだな」
と私は思った。
退職時には受け取れなかったものを受け取りにきたのだなと思った。

それは当たっていた。
一通りの言葉をもらった彼女は、現在の自分の事を語り始めた。
新しい仕事はすぐに見つかったこと。
そこでは存分に自分の力を発揮できるのだと語った。

暗に、こことは違うと言っていた。
こんなに能力がある自分を正当に評価しなかったここは間違っているのだと言っていた。
今、どれほど自分は充実しているかを彼女は延々とアピールしてきた。

なんて面倒くさい人なんだと思った。
辞めた後の会社に来るなんて、それだけでも私には理解に苦しむのに、今の自分をアピールして、何になるのだろうと思った。
彼女が帰ったあと、全員がぐったりした。

それからも彼女はしばしば職場にやってきた。
来るときはいつも完璧に化粧をして、流行の服を着ていた。
毎回違う高価なバッグを持っていた。今の収入の高さを見せつけるような装いでやって来るのだ。
追い返すわけにもいかず、もう同僚でもない。
ただ数時間やり過ごせばよいだけ。
だから皆、以前とは違って彼女の相手をした。
彼女の求めに応じて、口先だけの惜しむ言葉を彼女に与えた。

私はそれを冷めた目で見ていた。
ああはなりたくないと思った。
『潔し』という言葉を彼女に教えたいと思った。

定期的な彼女の訪問が今も続いているのかを、私は知らない。
なぜなら、私は転職したからだ。
彼女より三年長く、私は十四年勤めたけれど、結局私も徐々に孤立していって退職した。

彼女という分かりやすい悪役分子がいなくなり、職場には平穏が訪れたけれど、
それだけでは人は物足りないのだ。
善だけではなく、人は悪を求めるのだ。
悪を求めてそれを糾弾する。悪があれば人はまとまる。団結する。

悪は、人が求めて作るのだ。
ほんの些細な事でいい。
長く君臨した私の事を、全員が支持してくれていると思っていた私が馬鹿だった。
是があれば否もある事に気づけなかった。
彼女を疎ましく思っていたように、私の事を疎ましく思う人がいたのだ。

些細なほころびは、簡単に是を否に変えられるのだ。

「言われてみれば、私も」
たったこれだけの感情でいい。
十四年かけて積み上げてきたものも、崩れる時はあっという間。
ちょうど、評価されない事に対してもがいていた彼女と同じような思いを私は抱くようになっていった。
彼女と同じように、退職したいと何度か上司に申し出た。
始めは止められて、後は引き継ぎのための日にちの調整をされた。
送別の際に貰った言葉、品物。そのどれもが形だけのものである事を私は知っている。

とても仲が良いと思っていた数人の同僚たちからも、大した送別はされなかった。
むしろ彼女よりもっと冷淡な扱いかもしれない。
それが証拠に、形だけとはいえ、彼女にはあった送別会が、私には無かったのだ。

これは、大きなショックだった。
誰からもその声が上がらなかったという事だ。
都合を聞かれもしなかったのだから、そういう事だ。

十四年勤めた結果がこれなのか?

追われるように退職した私は、何とか次の仕事を見つけて今働いているけれど、やりたい仕事ではないし、全く楽しくもない。ただ生活のため、日々働いている。

いや、それよりも大きく私を支配し支えているのは、悔しいという感情だ。
悔しさが今の私を支えている。

あんなに懸命に働いてきたのに。
誰よりも仕事ができたのに。
自分の事より同僚や後輩たちの事を気にかけていたのに。

追われた事が悔しくて、今の仕事を続けている。
見返したい一心で働いている。
前の会社より規模が大きく、給料も多少は良い。
でも、ただそれだけなのを痛感している。
可能なら戻りたい。それが私の本音だ。
転職して二年もたつのに・・・

先日、二年ぶりに元同僚たちとご飯を食べた。
私より先に退職した後輩がセッティングしてくれたのだ。
当日、どれほど気合を入れたことか。
前日に美容室に行き、髪を綺麗にした。
新しい洋服を買った。
誰もが知っているブランドバッグも買った。
化粧にかなりの時間をかけた。
元同僚たちに、輝いている今の私を見せつけたかった。
格上の会社に勤め、高い給料をもらって充実している私を知らしめたかった。

集まった元同僚たちは、変わってなかった。
まるで時間が止まっているかのように、私を前にして当時のままの態度だった。
私が追われて退職したことなどなかったかのように。
追われる私に何もしてくれなかった事など忘れたように。

私はとても聞きたかった。その後の事を。
私が抜けて、どれだけ大変かを聞きたかった。
あの会社にとってどれほど私が必要不可欠な存在であったかを語ってほしかった。
でも、なかなかそんな話にならない。
のほほんと、緩やかに業務の愚痴を口にするだけ。
私はジレジレした。

「もっと私の話をして! 私を惜しむ言葉を言って!」

心の声が漏れそうだった。
この場をセッティングしてくれた後輩だけが、気の良い感じで困り事は無いのかと、問うてくれた。
元同僚たちは皆、特に無いと言った。
細かい不満はあるけれど、新しい人も数人入り、仕事には何の支障もないと応えた。

虚しさが、心に広がった。
私の十四年は何だったのだろう?
辞めても、何の影響もないのか?
そうして、分かった。彼女の気持ちが。
辞めた後、これ見よがしに着飾ってやって来た彼女の気持ちが。
まさに今、私がそうなっている。
店の奥にある鏡に映る自分が、彼女の姿と重なる。
だからだろう。
誰も、着飾った私の服にもバッグにも話を振らない。
私の見栄がこれでもかと全身から漂っている。

彼女と同じく、私もまた潔くなかったのだ。
過去の成果や評価に未練を残し過ぎているのだ。
本当の今は、全く充実しておらず、得られない評価を求めてもがいている。

辞めた人の大半がそうなのか、彼女や私だけがそうなのか。
虚しいけれど捨てきれない、虚勢と見栄。

元同僚たちは特に私の新しい仕事に関心がなく、私もまた、それを語る事の無意味さをやっと自覚した。
数時間が過ぎ、解散となった。
元同僚たちは連れだって帰り、私は一人、別方向を向いて帰路についた。
別れ際、
「じゃあ、またね」
と言い合った。
虚しく響く『またね』の言葉。

それがおそらくもう二度とこない事を、私は痛感した。
もう会ってはいけない、会わない方が良いと、実感した。
彼女と同じ気持ちを抱いたことで、私は見栄を捨てなければと思った。
虚勢や見栄は人に筒抜けで、嘲りを誘うから。

見栄のために買った服やバッグが虚しく思えるが、
過去のために買ったのではなく、これからのために買ったのだと思えるように、背を向けた元同僚たちに本当の別れを告げた。

プロフィール:
リオカ
百貨店や映画館勤務を経て、現在はコールセンター受付業務。
女の園で長く勤めているため、女同士の陰湿な感情に敏感。
「出る杭は打たれる」を痛感し、今はひっそりと生息中。
中学生の頃から日記を書く習慣があり、独り語り的な文章を書くのが好き。
いつか作家に、という中二病的妄想を捨てきれずにいる。